指揮者桐田正章によるエッセイです。

第13回定期演奏会より 1995.12.17
第14回定期演奏会より 1996.7.7
第15回定期演奏会より 1997.6.14
第16回定期演奏会より 1997.6.14
第17回定期演奏会より 1997.12.13
第18回定期演奏会より 1998.6.13
第19回定期演奏会より 1998.12.20
第20回定期演奏会より 1999.6.20
第21回定期演奏会より 1999.12.19
第22回定期演奏会より 2000.6.18
第23回定期演奏会より 2001.1.13
第24回定期演奏会より 2001.6.9
第25回定期演奏会より 2002.1.12
第26回定期演奏会より 2002.6.22
第27回定期演奏会より 2003.6.15
第28回定期演奏会より 2004.6.13
第29回定期演奏会より 2005.6.26
第30回定期演奏会より 2006.2.11










































退 屈 な 人 へ第21回定期演奏会より 1999.12.19

 11月14日新装したばかりの味鋺の診療所と春日井の文化フォーラムへ行て,秋の一日を満喫した。ちなみに前日は名古屋刑務所でもコンサートをした。
 味鋺の診療所では,毎年お祭りが行われ,今回初めてウインドが参加した。会場である診療所の屋上は決して広くはなかったが,準備をしている人たちの熱気が伝わり,いいコンサートができますように,と祈らずにはいられなかった。
 雲一つない秋空にファンファーレが響き,お祭りが始まった。地元の子どもたちや医療関係の方のイベントが続いた。演奏前はステージ見て楽しんだり,出店で食べたりと結構忙しかった。その中でも焼きそばが絶品だった。ちなみに私は二皿食べた。何度もビールを進められたが,これからの演奏と,夜のコンサートのことを考えると,手を出すわけにはいかなかった。そして,いよいよ本番だ。
 子どもから大人まで熱心に聴いていただき,精一杯の拍手も頂戴した。演奏中のイカ焼きやソースの香も格別だった。音楽ってこれだなって感じがして,今まで心の中で,もやもやしていたものが,すーと吹っ切れた感じがした。予期しないアンコールまで頂き,ポケモンを再び演奏した。
 心地よい汗をかき,秋の風情と下町の人情を満喫して春日井へ向かった。
 春日井の文化フォーラムには驚いた。素晴らしく立派な施設だった。ロビーには小川が流れ,橋まで架かっている。最近流行のからくり人形も観賞できる。ロビーでの演奏だから設備面での期待はしていなかったが,電動式のステージや音響反射板まで備えられていて,二度びっくりした。3階までの吹き抜けの空間が良いのか,響き具合がコンサートホールのようで三度驚いた。
 用意した200席もすぐに一杯となり,演奏者と客席が同じ平面に位置し,互いの表情や息づかいを感じながら,いつもの定期演奏会とは違うアットホームなコンサートとなった。
 1日2回のコンサートともなると流石に体力を必要とした。コンサートが終わったら昼の部でも我慢したビールが飲める,と思うと力が沸いてきた。何よりお客さんの和やかな表情が我々を温かく包み込んでくれた。その優しさが自然に音楽を導いてくれたのか,あっという間にプログラムは終わっていた。
 連日の本番で,身も心も限界に近いぐらい疲れていたが,再びアンコールで演奏した日本民謡は我々に元気を与えてくれた。
 
 全日本吹奏楽連盟が創立60周年を迎え,栄誉ある”音楽の友社賞”を受賞した。日本の吹奏楽は学校教育と共に発展した。
 以前このコーナーでも紹介したが,春日井市に於いても,バンド活動が非常に活発な時期があった。学校で直接音楽に携わった人もかなりの数に上るだろう。まして,学校や地域で仲間の演奏に耳を傾けた数ともなると,もはや膨大である。にもかかわらず,全国的には未だ市民権を得ていないのはどういうことだろう。
 コンクール(勝負)のためには時間もお金もエネルギーも惜しむことなく注ぐのだが,音楽としての活動がややなおざりにされてきた傾向は無いだろうか。
 競い合うことだけにこだわりすぎ,音楽の楽しみ方,音楽の良さ,音楽の必要性。つまり,生きる上で大切な力となることを,おろそかにしてしまったのではないか。
 プロのオーケストラも多くが苦しんでいる。自主公演の空席が目立つのだ。基本的には演奏会の収入が彼らの生活を支えている。コンサートの収入が少ないと直接生活にひびく部分が多い。昨今の不況は音楽の世界でも同じなのだ。
 つい先日,コンサートに来てほしいとの願いから,我々高校の音楽教師と某オーケストラとのシンポジウムがあった。といっても一方的に話を聞いただけだが。
 その中で彼らは訴えた。
 ・音楽の授業に参加させてもらえないだろうか
 ・生徒と共に演奏できないか(競演)
 ・良い演奏を聴かせて,真の音楽を聴かせたい
 ・生の演奏を聴いて感動することが大切である
 ・最近の生徒は基礎ができていない,音楽を楽しむ前の厳しさが必要である
 ・学校からの招きで出張演奏に行く機会が多い。しかし,せっかく生のオーケストラを
 聴かせてやっても,関心がない等々。
 言われることは解るけど,何か足りないなって感じがした。
 その時,私の尊敬するレナード・バーンスタインの言葉を思いだした。相手(聴衆)が退屈になったり眠くなる前に,そっと手をさしのべてやること。つまり「演奏者から歩み寄ることが大切である」と。

 今回のコンサートでは世界最高の吹奏楽団として我々を虜にする,フランスのギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団のレパートリーに挑戦した。ギャルドは1848年に軍楽隊として創立された管楽合奏団である。パリ音楽院の教授や音楽院を主席で卒業した名手の集まりである。長い歴史を持つ紛れもない世界最高の吹奏楽団であるが,1945年から1969年まで隊長を務めたフランソワ=ジュリアン・ブラウン指揮のレコードはまさに圧巻である。1961年にはそのコンビで日本公演が実現しているが,私はまだ生まれていない,残念。(何かへん?でも,聴いていないことだけは事実。)
 とてつもなく大きな存在であるが,この時の演奏を目標に取り組んだ。昔のレコードを引っぱり出して何度も聴いた。その時大きな発見をした。テクニックや音楽性はいうに及ばないのだが,編成が違うのだ。たとえば低音セクションにはコントラファゴットやバスサックス等特殊な楽器が使用されている。(コントラファゴットは愛知県に10台に満たないと思う。バスサックスに至っては一本も無いのではなかろうか)
 ビューグルも使用している。小クラリネットも複数使用しているに違いない。管楽器の先進国ならではの多様さである。このような編成は,音域が格段に広くなり,サウンドを色彩豊かにし,弦楽器に近いニュアンスを醸し出す。また,世界屈指の名手たちは弦楽器のボーイングも感じて演奏している。先回のトッカータとフーガもこの時のギャルドを参考にして演奏した。
 今回の定期演奏会では,編成や技術・音楽性等,何をとってもとても及ばないが,我々を魅了してやまないギャルドの名演奏に少しでも近づきたいという思いで取り組んだ。
 音楽が好きで,バンドが好きな私たちと共に,ほんの僅かかもしれないフランスの香を味わっていただきたい。そして,味鋺診療所や文化フォーラムでも演奏した日本民謡もプログラムに取り入れた。どうぞ,お楽しみに! 桐田正章